平凡なお母さんが突然映画監督に!そしてその息子もわずか12才にして映画監督として衝撃のデビュ

「幼少のころから歌うのが大好きだったyumiさん。親の希望で琴の教室へ通う。中学生の頃からボイトレに通い、独学で作曲もしていた。歌手に憧れ、バンドを組んだり、ストリートライブをしたり、音楽関連事務所のオーデションを受けまくるが全く受からず。夢は叶わなかったが、家庭の事情もあり当時付き合っていた彼と逃げるように結婚。翌年、長男のAKIRA君が産まれる。しかしご主人とは性格の不一致で出産後すぐに別居。給与・休み無しで料理店を手伝うことを条件に実家への出戻りが許される。親権をめぐる裁判中、母子手当を受けることが出来なかったため、携帯電話も持てないほど困窮生活に。その後、実家の料理店が潰れたため、パートを掛け持ちし、通販業をやりながらシングルマザーとして子供を育てた。」

 

息子が可愛過ぎて、その姿をビデオで記録し、息子が主役の絵本を自分で作るようになる。

その後、いくつかのバイトを掛け持ちして働き、やっと携帯電話を持てるようになる。2006年、息子のAKIRA君が可愛くて可愛くて、ビデオカメラを友人から安く譲ってもらい、息子の記録を撮り始める。さらに、本が大好きだったこうたろう君に、毎晩読み聞かせをしていたyumiさんは、AKIRA君が主役の絵本を自分で作るように。それから、手作り本をどんどん作成していった。

「息子が主役の絵本で映画を作りたい!私も主題歌を歌いたい!」映画制作に乗り出す。

2009年、AKIRA君が6歳になったときに、yumiさんはあることを思いつく。「AKIRAの主役の絵本で映画を作りたい!そして、私も主題歌を歌いたい!」そう思い立ったyumiさんは、親友から中古のパソコンを譲ってもらい、映画制作に乗り出した。今まで、アルバイト先のパソコンでワードとエクセルぐらいしか触った事がなかったが、譲ってもらったパソコンには映像ソフトが入っていたので、映画作りはなんとかできるだろうと思っていた。映画制作は難航。でも、CGキャラとか出演させたい。どうしよう?映画のストーリーは、AKIRA君を主役にした手作り絵本そのまま母体となっている。タイトルは『こうたろう イン スペースワンダーランド』。こうたろう と たぬき型ロボットのぽんちゃんが,母親を救うためにメリーゴーランド型宇宙船でチョコレート星へ向う、という冒険物語。昔、独学で作曲をしていた事もあり、まずは映画のシーンの音楽づくりから。しかし、映画作りは難航。パソコンにカメラのデータを入れる方法がわからず、それを調べるのに3日かかり、今まで撮りだめしたこうたろう君の映像をパソコンに読み込ませて30秒に編集するのに6時間もかかってしまった。その程度しかできないのにもかかわらず、yumiさんは、AKIRA君と自分が実写で登場し、他の登場人物はCGで作ったものが作りたいと思っていた。

どうしていいのか全くわからず、ネットで「CG アニメーション 自主映画製作」と検索してみると、フリーランスのアニメーター、映画専門学校、映画制作会社の名前がずらりと出てきた。yumiさんは、「地元(三重県)の子役俳優さんに出演してもらい、夢のある映画を製作したいです。ぜひボランティアで制作協力していただけませんでしょうか?」という内容のメールを、毎日30通以上、1000人以上に送っていった。すると、名古屋工学院専門学校、名古屋NCA専門学校、映画クリエイターの卵、声優の卵のから、ぜひ協力したいという返信がきた。協力したいと集まったメンバーは100人近く。名古屋の貸し会議室で、専門学生などが集まり、月1回のミーティングも行うように。これで映画作りも夢ではないと思っていた。2011年~2014年の間に撮影・編集を行っているので、息子が成長している。映画には、AKIRA君が7歳の時(2011年)に、毎日撮りだめしていたものを使用した。
撮りだめた息子の映像と合わせる際に、どうしても新たに息子の映像が必要になることがある。その場合は、「お菓子買ってあげるから、ちょっとだけ撮影したいの」と上手に頼みこん撮影を行っていた。7歳の時の映像と同時に見えるように後ろ姿のカットにしたり、また、息子が成長しているので衣装のファスナーが閉まらないこともあったが、その時はファスナーを開けっ放しにして行った。反抗期前だったので、割と何でも言う事を聞いてくれたそう。

撮影中のハプニング また、yumiさんのパソコンに保存ミスが起きるというハプニングも・・・

制作開始時、クロマキーの前で撮影するのに、衣装を青で作ってしまった。青だと背景と溶け込んでしまうので、急遽撮影を中断し、衣装をオレンジで作り直した。撮影するスタジオを借りる予算がない為、実家の寝室のベッドをどかして、合成用の背景を設営。安い海外製品のため、ライトを支える棒などをガムテープで補強していた。またこうたろう君とキャラクターの目線を合わせる模型がないので、園芸用の緑の棒で代用。撮影中、前歯が成長で抜けた際には、歯を動画にCG合成させた。前髪をおじいちゃんに切られてしまった際には、ウィッグをつけて撮影した。

ボランティアに協力してもらったこともあり、「なんとしてでも上映させなければ・・・」という想いに駆られるボランティアに頼んで作り上げた作品は、ともかく上映するのが皆の願いで約束でもあった。yumiさんは、そんなみんなの約束を守らなければという義務感から、必死で上映できる劇場やイベントや映像配信会社に営業をかけていった。
映画を上映させてほしいと営業。しかし、ことごとく断られる。コネ、知識なしで、1人で国内の100社を越える様々な配給会社・団体・制作会社・映画祭・映画館などへ映像DVDの持ち込みや郵送で営業する。が、「愛・希望などのストレートなテーマは受けない」、「宣伝費を2千万円位出せる配給会社がついていなければ上映は無理」、「3DCGのクオリティが鼻につく」、「プロの俳優で撮り直したら考える」など、時には心無い事も言われながら、とことごとく断れた。
この時に自主製作映画の監督は、よほど宣伝・営業に長けた配給プロデューサーがいない限り、作品を完成させるだけではダメだと気づいた。

ニューヨークの映画祭で賞をもらう

2017年9月に、ボー・スヴェンソンらが審査員を務めるニューヨークの映画祭『Cinema New York City』にてYoung Creative Awardsを受賞(日本人初)したとの連絡が入る。yumiさんは映画祭へ出席する為にニューヨークへ。

そこで「スーパーマンを連想させるようなヒーロー物語で、すごく面白かった」、との言葉を頂いた。

 

受賞後の反響
【国外】
●アメリカ ニューヨーク州 cinema New York City official selection
– Young Creative Awards受賞。
●カナダ オンタリオ州 トロント国際インディペンデント映画祭・プレセレクト作品。
●アメリカ ニューヨーク州 CINEMA NEW York Festival 上映。

【国内】
ニューヨークで映画が受賞した後、『大阪シアターセブン』で開催された『大阪ファンタジック映画祭2』や、横浜の映画館『シネマノヴェチェント』で1週間の興行上映が決まる。他、取材やラジオの出演依頼が決まる。日本で上映された際には、日本アカデミー賞関係者の方に「この映画が一番面白かった」という言葉を頂く。
他、映画ウルトラマンサーガの監督、おかひできさんより、「力作でおどろきました。エンターテイメントとして大変良い!お母さんが子どもに与えたいやさしさが満ちているのがとても心地よかったです。」との言葉を頂く。日本映画監督協会から推薦を受け会員になることができた。また、受賞と同時に、ニューヨークで音楽映画をつくり、歌手として主演した作品が、沢山の映画祭や上映祭で上映され、映画音楽の依頼も来るようになった。その後、「こうたろうインスペースワンダーランド」は、2017年11月に日本で劇場公開、1週間の興行上映を行った。現在、アマゾンプライムの配信が決定となっている。

母の影響で息子も監督デビューし賞も獲得

yumiさんの息子・AKIRA君だが、2017年、中学1年生の時に映画監督デビューしている。母親が楽しそうに映画を夢中でやっている姿を見て、
9歳ぐらいの時から「僕も映画つくる!」と言い出したそう。yumiさんは、ここでもまた「主題歌を作ろう!」と思い、AKIRA君の映画にプロデューサーとして関わり音楽を作りだす。文房具が大好きで、小学校3年生の頃から書きためた物語やデザインをもとに、短編映画『ERASER WARS』を制作。

●2017年3月2日に開催された『ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映された。
また、キネコ国際映画祭 ティーンズフィルム部門でグランプリを受賞している

 

artegg-yumi公式サイト
こうたろうインスペースワンダーランド
こうたろうインスペースワンダーランド メイキング
CyberspaceFilmfestival